加茂 | ここまでお話をお伺いしてて、 建てた後に運営まで手がけるco-baというものが 建築家から見て珍しいケースなんだということを 知ることができて、おもしろいです。 |
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猪熊 | 珍しいですよね。 |
成瀬 | 考えているけど、やっていないですから。 |
中村 | やっちゃったんです。 やってから「やべっ」って(笑)。 つくってみたものの、 「コミュニティデザインってなんだっけ」って思い始めて、 ようやく山崎さんの本を読み始めたという。 |
加茂 | 逆に、知らなかったからできることってありますよね。 |
中村 | 実は、塚本研時代にも 先輩と話していたことがあったんですけど、 建築家は工程表も書くし、 段取りとかちゃんとするじゃないですか。 なので、「建築家はカフェとかを プロデュースできちゃうと思うんだよね」って言っていて。 その時は全然やるなんて思っていなかったんですけど、 いざ自分で池袋にカフェとかつくったりすると、 設計・施工の工程表といった建築のタイムラインに、 PRやロゴ、ツール政策や、CAMPFIREなどが加わって、 複雑になるだけでさほど意識は変わらないなって思ってきました。 ピアノの演奏をするかエレクトーンの演奏をするか、 みたいな感じで。 意外と建築のノウハウとか、脳みその使い方って 転用可能だなって思っているんですよね。 |
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猪熊 | 現場中は何百人動かしているんだ、みたいな感じですからね。 |
中村 | 三浦展さんもおっしゃっていましたけど 「建築自体がコワーキングだよね」って。 |
猪熊 | 建築はそもそも祝祭的ですから。 盛り上がざるを得ない。 それを日常に持ち込むってことですよね、結局。 |
中村 | そうですよね。 正直、塚本研のM1、M2くらいの時は悩んでいたんですよ。 建築家というものを目指したいと思う一方で、 市場規模が減っていくのも目に見えていたし。 その中で、巨匠みたいな人ってこれ以上いるのかなって すごく考えてしまっていて。 どこかの事務所に行くか、大手にいくかって色々と考えた時に、 なかなかシンパシーを感じられるところがなかったんですね。 悶々とした時期があって。 そんな中で、「枠組みからのデザイン」を やってみたいなって思ったきっかけが 宮下公園のプロジェクトだったんですが、 (編集部注:スケボーパークの基本設計を担当) そういうことを言っているちょっと上の世代って、 あまりいなかったんですよね。 |
成瀬 | 私達の周りにもいなかったよね。 |
猪熊 | でもたぶん僕らより、さらに下の世代、 中村さんくらいの世代になってくるといる気はしますよね。 |
中村 | 僕ら世代にはいるなというのは最近感じます。 |
中村 | まさにここ(co-ba library)の施工をしてくれた HandiHouse Projectというチームには、 武蔵工業大の手塚研究室出身で設計を学んでいた方もいます。 その彼は、卒業設計の作品で 日本一をとっているにもかかわらず設計事務所には行かず、 施工現場の経験を経て、 今や設計から施工までをやっているんです。 僕は企画、設計、運営みたいなところなんですけど、 彼らは施工者と設計者とクライアントの境界を 越えたいというモチベーションなんですよ。 だからクライアントを巻き込んで施工をするし、 設計と施工も一緒にやる。 分業化しすぎちゃってるというのは、 建築だけじゃなくていろんな産業もそうだと思うんですけど、 そこへのアクションをしているところに シンパシーを感じたんですよね。 彼らも就職する時に 「共感できる就職先がなかった」と言っていて、 だから多分そういう中で僕らの一つ上世代の先輩方で 今一番シンパシーを感じているのは、 成瀬さんと猪熊さんなんです。 その声を、どんどん世の中にでかく発信していきたいなと。 |
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成瀬 | 学生と話していると、設計を続けたい子が 大手のゼネコンとかアトリエに行きますが 中には面白い子がいて 「卒業したら、工房をやりながら設計事務所をやります」 といった子が出てきました。 デジタルツール、レーザーカッターなどを事務所に置いて、 家具とか色々なものをつくりながら、 半分自分でつくれるものはつくって 設計も受ける事務所をやるんですって。 いろいろな人が使いに来る場所になって、 コミュニケーションの拠点にもなる。 そういうことを考えてる面白い子が 出てきたなっていう感じがします。 (つづきます!) |