フダンヅカイ
浦上満さんプロフィール
もくじ
はじめに 農家とプロデューサー
第一回 日本橋は古美術商のメッカ
第二回 ニセモノは売る人も悪いが、買う人もある程度悪い
第三回 自分が持つよりふさわしい人に売る
第四回 みんな、自分の好きなモノにお金を使えていない
第五回 古美術品は「買う才能」がある
第六回 100人来たら2、3人は興味を持ってくれる
第七回 数字とは少し離れた世界
第八回 北斎漫画にまつわるあれこれ(日本編)
第九回 北斎漫画にまつわるあれこれ(海外編)
第十回 儲ける以上に大切なこと

第八回 北斎漫画にまつわるあれこれ(海外編)

加茂 北斎漫画は海外の画家にも
多くの影響を与えたそうですね。
浦上 北斎漫画は海外における
ジャポニズムの扉を開いたというか、
北斎漫画が先に行ったがために、
後に行った浮世絵については
「とんでもなくすごい美術品がやってくる」という
受け入れ体制ができていたと言われていますね。

なぜかというと、それだけ北斎漫画が
すばらしい筆致と構図で描かれ、
イマジネーションに溢れていたからなんです。
それはただの異国趣味ではなく、
彼らの心を捕まえたんでしょうね。
加茂 北斎漫画を見ていると、人を完璧に描くというよりは
デフォルメしているような感じで描かれているなと思ったので、
海外の人たちにとっては驚きだったんでしょうね。
浦上 デフォルメなんだけど、
実はかなり北斎はうそを描いているんです。
だけども、本当より本当に見えるんです。
これは彼のマジシャン的なところでね。

冨嶽三十六景だって、
あんな大波が海の真ん中じゃ起きないんです。
あれはサーファーに聞けば
もっと波打ち際で起きる波なんだとわかるんだけど、
非常にドラマティックに描くんですよ。
5000分の1秒のシャッタースピードだって
よく言われているんですけどね。
もう本当にピシッ!と捉えたものを描いているんです。
加茂 浦上さんは北斎漫画の
そういったところに魅力を感じて
国内、海外を問わず探して
集められていたと思うんですけど、
海外にあった北斎漫画は
保存状態が良いものが多かったんですか。
浦上 そうです。北斎漫画は彼らにとってお宝だったので。

日本でも大名とかがコレクションしてて、
すごく大事にされていたものも多かったんですが、
貸本屋でもずいぶん貸し出されたんです。
文化年間当時に江戸だけで
650軒貸本屋があったといわれているんです。
そうすると、貸本屋で回ったやつは痛むし、
落書きがあるものもあるし、
保存状態を見てずいぶんがっかりしたことがありました。
加茂 当時の日本では相当読まれていたと同時に、
適当に扱われていたというのもあるんでしょうね。
浦上 海外に最初に渡った時は陶磁器の包み紙だったという
有名な話があるんですね。
で、それを向こうの版画家が見つけてびっくりして
「これはなんだ!」ってなって。
「これちょうだい」って言ったら、
その人があまりにびっくりしたので
持っていた人が「嫌だ」って言ったという話があって。
それから2年後にまた他のルートから
北斎漫画をやっと手に入れて、みんなに見せ歩いたと。
その見せ歩いた相手が
マネであり、モネであり、ドガであったと。
加茂 そういった不思議な縁で、世界的に有名な画家に
影響を与えたというのはおもしろいですね。
浦上 思わぬ形ですよね。

元々、北斎漫画は絵手本と言って、
全国にいる北斎の弟子に向けて描いたものだったらしいんだけど、
いまやマネが模写してるし、ドガもそうだし、
最近分かったんですが、パウルクレーまで
北斎漫画に影響を受けています。
ということは、世界中の有名な画家の絵手本にも
なったのではないかなという気すら僕はしているんです。
加茂 そして今、世界の画家に影響を与えた
北斎漫画が改めてiPhoneアプリ
見られるようになったというのはすごく興味深いです。
こうやって携帯できる画面で見られるようになるのは、
それこそ昔のように、
壷をくるんでいた紙がすごいアートだった、
みたいな出会いが起きそうで。
浦上 まさにそうです。
浦上 僕がなぜいろんな人に見て欲しいのかというと、
北斎漫画は当時の庶民にとっても
身近なものだったんですよ。
日本は木版技術がすごく発達して、
貸本屋で借りて見た庶民もいるでしょうし、
大名から庶民まで楽しむことができたわけです。
外国にもいろんなアートがあったんだけど、
ほとんどが王侯貴族や富裕層のためのものだったんです。

そういう意味では、ヒカリエで開催した
北斎漫画の展覧会も同じことです。
いろんな人に見てもらって、
1割ってことはないと思うけど、
見た人の3割、4割は「いやぁ、面白かったね」と、
そのうちのまた10分の1くらいは
「とんでもなくおもしろかったね」という人が出てくると、
広がりますからね。

なので、当時の日本の版画と同じ事をこのiPhoneアプリで
やってるんじゃないかなという気がしますね。
加茂 新しい印刷技術が開発されたような感じですね。
このiPhoneアプリを通じて世界中に北斎漫画が広がって、
面白いと思う人が出てきたらと思うと楽しくなってきます。
浦上 そうですね。

ただ、北斎漫画っていうとつい僕も
ジャポニズムだのマネだのと言っちゃうんだけど、
去年の今頃、パリに行ってきたんですよ。
パリでフランス語の北斎漫画の本が出たので、
小さな出版記念会をやったんです。

そうしたら、ジャーナリストが多かったんですけど
すごい反響なんですよ。で、彼らに
「150年前のパリの人もこれを一目見て認めてくれたんですよ」
と伝えたら、ポカーンとしていたんです。
要するに、彼らはそんなことは知らなかったんです。
彼らはマネやモネやドガやピカソが良いと言ったから
感動していたわけではなく、
当時初めて見た人たちと同じく、作品自体に反応したわけです。
あれはかえって嬉しかったですね。

(つづきます!)
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