フダンヅカイ
浦上満さんプロフィール
もくじ
はじめに 農家とプロデューサー
第一回 日本橋は古美術商のメッカ
第二回 ニセモノは売る人も悪いが、買う人もある程度悪い
第三回 自分が持つよりふさわしい人に売る
第四回 みんな、自分の好きなモノにお金を使えていない
第五回 古美術品は「買う才能」がある
第六回 100人来たら2、3人は興味を持ってくれる
第七回 数字とは少し離れた世界
第八回 北斎漫画にまつわるあれこれ(日本編)
第九回 北斎漫画にまつわるあれこれ(海外編)
第十回 儲ける以上に大切なこと

第三回 自分が持つよりふさわしい人に売る

加茂 今このお店を見回すと
たくさんの商品が並んでいるんですが、
この中で浦上さんが売らずに
飾り続けているモノはあるんですか。
浦上 我々の業界ではそれを「売らんぶつ」というんですが、
僕はそれはナンセンスだと思います。

「本当に売りたくないモノを
欲しいと言われた時にはどうするんですか?」
という質問は何度も受けたんですよ。
実際にコレクションしている
業者さんもいると思うんですが、
それは決してお客さんの目に触れさせてはいけません。
徹底して内緒で持つのならまだしも、
「これ良いでしょ、これ私のですよ」
と見せるのは愚の骨頂で、
商売人としては恥ずかしいことだと思いますね。

僕の師匠である繭山順吉という人は
店の人に自分でコレクションすることを禁じていたんです。
なぜかというと、自分がコレクションしだすと
一番良いのは自分が取って、
二番手をお客さんに「これが一番良いですよ」
と言って売るようになると。
要するに嘘をつくわけなので、
「そういうことは、お客さんは
その時はわからなくてもわかるもんだ」
と言うわけです。
要するに誠実じゃなくなるわけですね。

僕自身の経験から言うと、良いモノは
自分のコレクションとして持っておくことではなく、
これは、という人にお見せして
買っていただくことが嬉しいことなんです。
そうすると、
「あのお店はすごく良いものがあるよ。行った方が良いよ」
と人が人を呼ぶようになったりするんです。
逆に、良いモノを隠し持っていると
「なんかあのお店はもう一つだねぇ」
なんて言われるんですね。
なので、隠し持つよりお見せしたほうが、
人からもいい評価をいただくことができて、
良い循環が生まれると思いますね。
加茂 話が合っているかわからないんですが、
必ずその日に仕入れた魚しか使わない
すし屋の話を聞いたことがあって。
当日売れなかった分は捨てるらしいんですよ。
鮮度を考えれば次の日も使えるはずなんですが、
それを敢えてやらないで商売を続けていると。
そのお店は、ご主人の姿勢を
お客さんが粋に感じて繁盛しているらしいです。
浦上 それは心意気ですよね。
新鮮なものしか出さないぞという。
加茂 この浦上蒼穹堂というお店を訪れる方々も、
浦上さんの心意気を感じて
商品を購入されているんでしょうね。

実際に商品が売れた後、
お客さんから反応はきたりするんですか。
浦上 もちろんあります。
やっぱり、嬉しかったら
また次のものを買いにいらっしゃいます。
「あれはよかった」と言われるときもあるし、
そんなことは言わないけどまた来てくださったときに
「あ、気に入ってくれたんだな」と。

あともう1つ面白いのは、
商品をお買い求めいただいたお客さんの家に行きますよね。
そうすると自分が売っていたものが飾ってあるでしょ。
それを見たときに「あ、やっぱりこれはいいな」
って思えると嬉しいですね。
加茂 お客さんの家の居間に置くことによって、
お店のテーブルに置くよりもっと輝いて見える、
みたいなことがあると。
浦上 そうです。幸い僕の場合はないんだけど、
「これは困ったな」みたいなものがあると
嫌な気持ちになるじゃないですか。
商売だからお金は儲けなきゃいけないけど、
そればかり考えていると
そういう商売をしちゃうんでしょうね。
自分の売ったものをべた褒めするほど
こっちも野暮じゃないけど、
内心「久しぶりに見たけどやっぱりいいなぁ」
と思えるようなモノを売ると、気持ちも良いでしょう。
加茂 間違いないですね。
浦上 なので、
「自分が売りたくないモノはどうするんですか」
と聞かれた時に、若い頃は
「私が持つよりふさわしい人が出てきたら大喜びで売ります」
と答えていたんです。
詭弁ではなく、この人が持った方がモノが活きる、
という人に売った時に、
すごく良い仕事をしたと思います。

だから、「俺は金あるぞ」と、
札束でこちらの頬をポンポン叩いてくるような人は
良いものを買いません。これは昔からそうです。
だからといって僕らにこびへつらって
「お願いですから良いものを売って下さい」
と言う必要もなくて。
もっと自然に買われたらいいんです。

本当にモノを愛する人だな、大事にする人だな、
という人にはこっちの方が買って欲しいですね。
たぶん、モノもそのお客さんのところへ行きたがっていると思う。
男女の仲が赤い糸で結ばれているなんてよく言いますけど、
モノにも同じ事があると思っていて。
お客さんが「あ、これだ!」って思った時は、
僕らが「これ良いものだから買って下さい」と言わなくても、
その人は商品に近づくわけです。
その時は僕も補足説明くらいはするけれど、
気づくと自然にスーッと引いています。
それはすごくハッピーな結びつきですよね。
加茂 この壷と話をして下さい、みたいな感じで。
浦上 もうすでに話を始めていますよね。そういうときは。
加茂 僕は似たような経験をしたことがあって、
先日ちょっと高いペンを買った時があったんですけど、
その時は試し書きをする前、もっと言うと
値段を見る前に買うのを決めていたんです。
これは間違いなく良いものだと感じたので。

美術品というのは値段を見て購入を断念する方が
多そうだと思っていたんですが、
今までのおはなしを聞いていると、
僕がペンを買ったときと
同じようなことが起きているんだなと思って、
少し親近感が湧きました。
浦上 一つ言えるのは、例えば時計だと、
若い男性でもヘタすると何百万もするものを
使っている方がいらっしゃったりしますよね。
そういう人たちは美術品を買う
予備軍的な要素を持っていらっしゃると思うんです。
なぜかというとお金があるなしじゃなくて、
良いものは高くても買うぞという。
それは共通項だと思うんです。

ただ、美術品って一点ものなんですよ。
もちろん類似品はありますが、同じモノはないんです。
そうすると、ペンや時計は、どんな高級なお店で買っても、
それはたくさんあるわけです。
浦上 でもこれは、一点ものなんです。
これは、これしかないんです。だから逆に難しい。

美術品の値段については
「同じ時代の同じ窯で焼かれたモノなのに、
なぜこっちが1000万で、こっちが10万なんですか」
と言われることはいくらでもあるんですよ。
それは出来、不出来とかが理由にあるんです。
実際に2つ並べて見比べたり、
触ったりすれば必ずわかります。
それは何がいいかといったら
形が良いとか、発色が良いとか、絵が良いとか、
それだけのことなんですよ。
実はちゃんと見れば誰でもわかることなんです。
加茂 真剣に見比べればわかると。
浦上 そうです。
我々はそれを時間をかけて体系的にやってきているので
狂いがあまりないというだけで。
加茂 一般のお客さんは発色の仕方とか
目に見える部分でしか見分けられないと思うんですが、
浦上さんはそこに今まで培ってきたものというか、
直感を支える知識があって見分けることができると。
浦上 そのとおりで。
直感を支える知識というのはいい言葉ですね。

(つづきます!)
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